新生児気道管理 シミュレータ WAKABA-1

概要


日本では1年間におよそ100万人の新生児が生まれています.一方で,新生児の16%は出生後すぐに自発呼吸が開始せず,何らかの処置が必要となります.このような場合の対処法として,新生児蘇生法と呼ばれるガイドラインが設けられています.この中には,喉頭展開や気管挿管といった侵襲的な手技が含まれているので,医師には十分な経験が求められます.

しかし,これから訓練が必要な研修医にとって,臨床訓練だけで新生児蘇生法を十分な症例数まで経験することは困難です.シミュレーション訓練も普及しつつありますが,従来のマネキンシミュレータには訓練者へのフィードバック機能がないため,正しい手技を身につけるには不十分です.

これを受けて私たちは,ガイドラインに沿った各種シナリオが再現可能で,手技の定量的評価に基づいた助言提示機能を持つ,新生児蘇生法トレーニング・システムの開発を目的としています.2016年度には,新生児蘇生法の中で特に危険性の高い気管挿管手技に焦点を当て,定量的評価のための各種センサを搭載した新生児気道管理シミュレータWAKABA-1(WAseda Kyotokagaku Airway BAby-No.1)を製作しました.

図1 気道管理手技の主な合併症とWAKABA-1の計測項目

図2 WAKABA-1外観

WAKABA-1は新生児の平均的な体格を模擬しており,顔や手足には柔軟素材を用いて新生児に近い外見となっています.また,口から肺までの気道も柔軟素材を用いており,舌や喉頭蓋,食道への分岐なども再現されています.これらの柔軟部品は,共同研究を行なう株式会社京都科学が製作しました.

WAKABA-1には,6種類25個のセンサが内蔵されており,気道管理手技において各種合併症に繋がる危険な操作を検知することができます.センサの計測データは,無線で外部コンピュータに転送されるので,手技の最中や終了後に訓練者へのフィードバックに用いることができます.

本研究では,実際にWAKABA-1を用いて医師の計測を行なっています.熟練医とそれ以外で計測結果を比べたところ,熟練医は喉頭展開に要する時間が短く,上顎・喉頭蓋にかかる圧力も小さいことがわかっています.

今後は,呼吸や心拍といったバイタルサインを模擬する機能を追加し,新生児蘇生法に沿ったシナリオ訓練への対応を進めていきます.また,医師による手技の計測を重ね,新生児蘇生法の定量的な評価方法を検討していきます.そして最終的には,訓練者に対してシミュレータが自動で助言を与える「インタラクティブ・チュートリアル・システム」の構築を目指します.

搭載センサ


図3 内部構成

頭部・胴部姿勢センサ

気道を確保するために頸部を後屈させる姿勢(スニッフィングポジション)を,頭部と胴部の姿勢センサで計測します.頸部の過伸展や後屈不足は,それぞれ頚椎を損傷したり誤ってチューブが食道に侵入したりする原因となります.

口腔カメラ

喉頭蓋周辺を撮影して,喉頭鏡の挿入位置を画像で確認します.喉頭鏡の挿入位置が不適切な場合,チューブを挿入すべき声門の視認が困難になるため,手技の遅延や食道誤挿管につながります.

喉頭圧力センサ

喉頭展開において,喉頭鏡で喉頭蓋を挙上する際の圧力分布を計測します.喉頭への過剰な圧力は,声門付近にある輪状軟骨と呼ばれる軟骨が脱臼する原因となります.一方で不足した場合も,視界確保が不十分となるため手技の遅延や食道誤挿管といった危険性があります.

上顎圧力センサ

喉頭展開において,喉頭鏡が上顎に接触した時の圧力を計測します.成人への喉頭展開では,喉頭鏡が接触して前歯が折れる症例が少なくありません.新生児には歯が生えていませんが,歯茎に過剰な圧力がかかった場合,後になって乳歯が生えなかったり歯並びが崩れたりする可能性があります.

チューブ位置センサ・食道侵入センサ

気管挿管において,気道内のチューブが挿入された深さを計測します.また,食道に誤って侵入した場合を検出します.気道の中で,チューブの先端位置が浅すぎると肺まで十分な圧力が伝わりません.一方で,深すぎると左右の気管支に侵入して片方の肺だけ換気することになり,換気効率が著しく低下します.そして食道誤挿管は特に危険であり,胃液が逆流して肺に流れ込む誤嚥性肺炎は,生死に直結する合併症です.

換気圧センサ

最終的に換気が正しく行われたかどうかを,左右の肺と食道につながる圧力センサで計測します.WAKABA-1には左右の肺も再現されており,臨床と同様に目視でも胸の膨らみから換気を確認することが出来ます.

動作


関連文献


武部康隆, 椎名恵, 菅宮友莉奈, 中江悠介, 片山保, 石井裕之, 高西淳夫: "新生児蘇生法トレーニング・システムの開発―新生児に近い外見と多数のセンサを有する気道管理シミュレータの設計・製作―", 第35回日本ロボット学会学術講演会予稿集, 2J1-04, 2017. (受賞:日本ロボット学会第33回研究奨励賞)

武部康隆, 椎名恵, 石井裕之, 高西淳夫: "新生児蘇生法トレーニング・システムの開発―気管挿管手技において上顎損傷につながる危険操作の定量的評価―", 日本咀嚼学会第28回学術大会予稿集, P-21, 2017.

日本経済新聞: "患者ロボ使い介護・医療磨く",2017年10月16日朝刊. 電子版速報