はじめに

近年、環境問題に対する社会的関心が高まっています。例えば、世界的規模の異常気象や環境破壊、野生動物の減少といった多くの問題の顕在化によって、国家から市民まで幅広いレベルで環境問題を意識するようになり、地球サミットを始めとした多くの国際的な議論を基に環境に対する様々な取り組みが行なわれています。わが国では2008年に生物多様性基本法が制定され、環境省による主導のもとで生態系の調査や環境保全のための制度構築などが進められています。また、東日本大震災にともなう福島第一原子力発電所の事故により、放射能汚染への対応も喫緊の環境問題となっています。

このような様々な環境問題を考えるうえで、最も基本的かつ重要な最初の課題は、環境の現状を正しく認識することです。しかしながら、環境モニタリングにおいて、大規模なモニタリングは、機器の設置や持ち込みによって環境を破壊する恐れがある一方、小規模なモニタリングでは十分な環境モニタリングが実施できません。今後、環境モニタリングを拡充するには、これらのジレンマを解決する必要があります。

このような社会的背景のもと、われわれは環境負荷を最小限に抑えつつ、環境に関するさまざまな情報収集が可能な自律移動型環境モニタリングロボットを開発しました。このロボットは、屋外を移動するための駆動機構と環境から情報を収集するセンサを備え、移動と計測を自動的に繰り返し、環境モニタリングを行います。開発に際しては、ロボットが環境に与える負荷を可能な限り最少化することに注意を払いました。そのためロボットの小型化を目指しました。また、できるだけ人が介在することなく、ロボットが長期間にわたって自律的にモニタリング活動を続けることが可能なシステムの構築を目指しました。これに加えて、本当に社会で役に立つロボットの開発を目指して、製造コストと運用コストの削減にも注力しました。

今後、本プロジェクトでは、国内外において開発したロボットの実証実験を進め、地方自治体や環境モニタリングを実施している団体等にロボットの導入を働きかけていく計画です。


ロボットの外観と仕様

ラットとのインタラクションが可能な4足アニマロイドWR-1を改良したWR-2を開発しました.よりラットに形状を近づけるため,さらなる小型化および軽量化を実現しました.


システムの概要

自律移動型環境モニタリングロボットは、複数台で同時運用されることを想 定しており、各ロボットの制御システムおよび運用システムはそれに対応した 構成となっています。また、ロボットによって収集されたデータは、広くさま ざまなユーザがアクセス可能なかたちで提供することが望ましいと考え、デー タの維持と管理にはクラウドサービスを活用することとしました。

各ロボットにはそれぞれAndroid OSのスマートフォンが1台搭載されていま す。スマートフォンには、ロボットの制御とデータ収集のために開発された独 自のアプリケーションがインストールされています。このアプリケーションは、 スマートフォンに内蔵されたセンサ(GPS,カメラ)からのデータ、およびス マートフォンに外部接続されたセンサからのデータを周期的に計測し、クラウ ドシステムにアップロードします。また、このアプリケーションには、他のス マートフォンからの遠隔操作を受け付ける機能が備えられており、遠隔操縦に よって動作することも可能となっています。

ロボットの活動に必要なエネルギは、搭載されたリチウムイオンポリマー (Li-Po)電池と太陽電池によって供給されます。ロボットは、日中、太陽電池 によってLi-Po電池にエネルギを蓄え、蓄えたエネルギによって、移動と計測を 行います。ロボットはこれを繰り返すことで、外部からのエネルギ供給を必要 とせずに長期間活動を続けることが可能となっています。


駆動機構

1. 駆動原理

ロボットには楕円型の脚が、左右に3本ずつ合計6本、互い違いに取り付けられています。各脚は、脚を回転させる車軸に対して、楕円の中心と車軸の中心をずらして取り付けられています。車軸の回転によってそれぞれの脚が地面を蹴ることで、山林などの凹凸が存在する路面を走行することが可能になっています。この駆動原理を採用することで、最大18[cm]程度の段差の乗り越え能力と、整地路面での効率的な移動を両立しています。また、前進、後退、左右旋回が可能となっています。

左右の脚は、片側の3つの脚がタイミングプーリ―を介して1個のモータに接続されており、片側3個ずつが同期して動作します。これによりロボット全体では2つのモータのみで走行を実現しています。モータの数はロボットの製造費用に直結するため、モータの数を最小限にとどめることはコストの削減につながります。

2. 防水

モータ、スマートフォン、制御基板、Li-Po電池等などのロボットの主要部品は、箱状の一体部材で作成されたボディ内に格納されます。箱状のボディの上面には、ゴムパッキンを介して上蓋が固定される構造となっています。 左右のモータの出力軸にはオイルシールとO リングを用いた軸受箱が実装され、防水性の向上がはかられています。上蓋にはセンサと太陽電池パネルが取り付けられていますが、これらに接続されるケーブルは防水コネクタを介してボディ内部に接続されています。これらの防水対策により、ロボット全体としては、IP55 程度の防水性が得られる設計となっています。これにより、雨天時でも屋外での使用が可能になっています。

3. CFRPの採用

強度が必要とされるロボットのボディと脚は、軽量かつ高強度な炭素繊維強化プラスチック素材(CFRP)で作られています。CFRPを採用したことで、全てをアルミ系合金で作成する場合に比べて、ロボットの重量が1/3程度に抑えられています。また、CFRPはプラスチック等に比べて耐候性や耐腐食性に優れており、屋外で活動するロボットに適した素材です。


情報通信インフラの活用

1. 携帯電話回線の活用

各ロボットには、スマートフォンが搭載されています。そのため、ロボット- クラウドサービス間の通信および他のスマートフォンからの遠隔操作のための 通信などは、すべて携帯電話回線を使用して行われます。これにより、ロボッ トの導入に際して専用の通信インフラを整備する必要がありません。また、3G やLTE通信に対応した地域であれば、海外での運用も可能です。なお、山間部 等の携帯電話のサービスエリア外では、携帯電話会社との連携のもと仮設アン テナや衛星携帯電話の活用によって、通信を確保する計画です。

2. クラウドサービスの活用

ロボットによって収集されたデータはGoogleによって提供されているクラ ウドサービスGoogleドライブ上に保存されます。このため、ユーザは独自にサ ーバを設置する必要がなく、サーバの運用管理の必要もありません。加えて、 データの公開が容易で、ロボットが収集したデータを簡単に世界中のユーザに 提供することが可能です。また、携帯電話の海外ローミングと組み合わせるこ とで、世界中どこでも運用が可能となると考えています。


電源システムとセンサ

1. センサ

ロボットはスマートフォンのGPSを利用して位置を計測し、スマートフォン のカメラを利用して周囲の環境の撮影を行います。カメラには全方位レンズが 取り付けられており、1回の撮影でロボットの周囲360度全てを撮影することが 可能となっています。また、スマートフォンに接続された放射線量計(ポケッ トガイガー)によって空中放射線量を計測することが可能となっています。ま た用途に応じてさまざまな外部センサを追加できるようになっています。

2. 電源システム

ロボットには、太陽電池(12 [v], 0.2 [A] x 2枚)とLi-Po電池(11.1 [v], 4300 [mAh])から構成される電源システムが搭載されています。電源システムは、 ロボット制御基板によって制御されます。ロボット制御基板は、あらかじめ設 定されたスケジュールに従って、活動モードと充電モードを切り替えます。

現在の電源システムでは、快晴の日中において充電電流200[mA]で充電する ことが可能です。ロボットの移動時のモータの消費電流は、500-1000 [mA]と なっており、快晴下で5時間程度の充電ができれば、1時間移動することができ ます。